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横浜地方裁判所 平成2年(ワ)924号 判決 1992年1月31日

原告(反訴被告) 塩沢和子

右訴訟代理人弁護士 宇津泰親

同 三浦守正

被告(反訴原告) 浅越辰男

同 山口謙治

同 山口宏

同 岩澤貞夫

同 湯山勇造

同 川島静枝

同 小島剛

同 米山昭男

同 斎藤正人

同 岩澤勇

右一〇名訴訟代理人弁護士 堤浩一郎

主文

一  原告(反訴被告)の請求を棄却する。

二  被告(反訴原告)らの反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じて、これを二〇分し、その一を被告(反訴原告)らの負担とし、その余を原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 被告(反訴原告)(以下「被告」という)らは、原告(反訴被告)(以下「原告」という)に対し、各自金二七二五万二〇〇〇円及びこれに対する平成元年一一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 原告は、被告らに対し、各金二〇万円及びこれに対する平成二年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 原告は、茅ヶ崎市東海岸南二丁目一〇番地に自宅を有してこれに居住していた住民であり、被告らは、原告居住地の近隣である茅ヶ崎市東海岸南二丁目、同北二丁目、同市南湖に居住していた住民である。

2(一) 原告は、昭和六三年春ころから、右自宅の建て替えを計画し、当初五階建の建物建築を計画し、後にこれを四階建に変更し、同年一〇月七日、茅ヶ崎市から、四階建の建築建物(地上四階、地下一階、共同住宅・店舗、同月一日工事着工予定、平成元年六月三〇日工事完了予定)の建築確認を取り、また、昭和六三年八月、茅ヶ崎市との間で、右建物建築につき、開発事業の施行に関する協定を締結した。

右建物建築予定地は、第二種住居専用地域内にあり、そもそも中高層住宅地として開発することが予定された場所であり、五階ないし四階建の建物を建設すること及びその二階以下を店舗として利用することも許されていた。また、右建物建築予定地のすぐ近くにも四階建の雑居ビルが既に存在していた。

したがって、右建物は、建築基準法、茅ヶ崎市の条例等の建築規制法令に合致し、法令に違反する点は何ら存在せず、また、日照被害等の被告ら近隣住民の法的利益を侵害する可能性も存在しなかった。

(二) しかるに、被告らは、統一した意思のもとに一体となって、原告の右建物建築に反対する運動を行い、その結果、原告をして右建物の建築を断念させ、結局、原告は二階建の建物の新築をするに至った。

3 被告らの右反対運動の経過及びこれに対する原告の対応は、次のとおりであった。

(一)(1)  原告は、当初、自宅を取り壊して地下一階、地上五階建のビル(以下「本件五階建ビル」という)を新築し、原告ら家族はこれには居住しないが、これの二階以下にテナントとして夜間営業の飲食店等を入れることを計画し、昭和六三年四月ころ、被告浅越辰男の妻らを介して被告らに右計画を話し、そのころ、原告の夫亡塩沢松夫(平成元年五月二四日死亡)(以下「松夫」という)名義の「塩沢ビル建築計画のお知らせ」と題する建築計画を表示した看板を設置し、被告山口謙治らに対し、昭和六三年四月二三日、原告方で右の説明を行う旨通知した。

(2)  これに対し、被告らは、原告に対し、右説明日に要望書を提出し、本件五階建ビルの建築に反対する旨の意思を表示するとともに、もっと広い形での説明会の開催を求めるとともに、同月下旬ころ、右建物に暴力団が入居する旨及び建築基準法上の用途に違反する風俗営業等に使用する旨の虚偽の事実を流布して付近の住民から反対署名三〇〇〇名を集め、これを添付して茅ヶ崎市長宛の右建物建築計画に反対する旨の陳情書を茅ヶ崎市役所に提出し、もって、原告の名誉信用を毀損するとともに、不当な圧力をかけた。

(二)(1)  原告は、被告らに対し、同月三〇日第一回説明会(原告側は原告の長男、設計会社の担当者等、被告側は三二名が出席)、同年五月一四日第二回説明会(原告側は原告の長男、長女、設計会社の担当者等、被告側は三六名が出席)、同月二一日第三回説明会(事実上流会)、同年六月五日第四回説明会(原告側は松夫、原告、原告の長男、長女、設計会社の担当者等、被告側は二八名が出席)を各開催し、右建物が高さ一七メートル、一、二階が店舗六戸、三階以上が住宅六戸の雑居ビルを予定していること、本件建物の建築が何ら法令に違反しないこと等を説明したが、被告らは、風紀が乱れること、右建物の建設予定地の地域は低層の住宅地であるべきであると主張して右建物の建築に反対した。

(2)  そして、被告らは、右各説明会において、毎回反対派住民数十人参加させ、その多数の威力を背景に、原告ないしその関係者を糾弾しつるしあげるような雰囲気を作って、右反対の主張を執拗に繰り返した。

そこで、原告は、近隣住民との円満な解決を考え、やむなく、右建物の高さを削り、四階建、高さ一五メートルに変更することを決め、同年六月一八日の第五回説明会(原告側は松夫、原告の長男、長女、設計会社の担当者等、被告側は三一名が出席)でその旨説明した。

(三)(1)  ところが、被告らは原告に対し、同年七月上旬ころ書面で、更に、右建物を、三階建以下、高さ一〇メートル以下とし、住居専用ビルとして店舗を設けないこと等を要求した。原告としては、到底右要求に応じられなかったため、その旨書面で回答し、計画概要書及び図面を送付したが、被告らは再度書面で右の要求を繰り返し、書面でのやりとりが同月下旬まで繰り返された。

(2)  しかるところ、被告らは、同月末ころ、「近隣泣かせの塩沢ビル建築を許すな」等と記載した看板を原告方周辺に多数設置し、また、「近隣泣かせの」、「近隣無視の」等と記載したビラを原告方周辺にばらまき、原告の名誉信用を毀損するとともに、原告に対し不当な圧力をかけた。

(四)(1)  原告は、同年八月一一日、右四階建の建物(以下「本件四階建ビル」という)の建築につき、茅ヶ崎市との間で、開発事業の施行に関する協定を締結し、同月一七日、茅ヶ崎市に対し建築確認の申請を行った。そして、原告は、同月二〇日第六回説明会(原告側は設計会社の担当者のみ出席)を開催し、被告らに対し、右建築計画等を説明した。

(2)  これに対し、被告らは、右建築計画の遂行を阻止するため、同月二六日の新聞に住民から茅ヶ崎市長に対し公開質問状を提出した旨の新聞記事を掲載させ、マスコミの影響力を背景に茅ヶ崎市に圧力をかけ、同市をして、同日、右事前協定を取り消させた。

(五)(1)  そこで、原告は、更に、同年八月二七日第七回説明会(原告側は原告の長男、長女、設計会社の担当者が出席)、同年九月一〇日第八回説明会、同年一〇月一五日第九回説明会を開催し、本件四階建ビル建築の意向を説明して被告らと交渉を行う一方、同年八月三〇日に再度、市との間で開発事業の施行に関する協定を締結し、同年一〇月七日には建築確認がおりた。

被告らは、同年九月ころ、右交渉につき弁護士を代理人に依頼し、被告ら代理人弁護士を通じて、同年一一月二日、原告に対し、ビルの高さを二、三メートル下げて地下を廃止すること、テナントの内容等に関して事前に合意すること、東西の目隠し塀を廃止すること、東側のベランダに目隠しをすること、屋上塔屋を廃止すること、近隣住民に迷惑料を支払うことの六点を要求し、これにつき、原告は同月一〇日被告らと話し合ったが、目隠を設置する以外の譲歩はできない旨回答し、話し合いは進展しなかった。

(2)  ところで、原告は、被告らとの話し合いのため予定した工期が大幅に遅れ、これ以上待つことができない状況に至ったため、同年一二月一九日建設業者である大成建設と工事請負契約を締結したうえ、平成元年二月一三日、解体業者に依頼して原告の自宅の解体工事に着手した。すると、被告らを含む反対運動参加者の五、六名が右解体業者に食って掛かったため、右業者はおそれをなして右工事から手を引いてしまった。そこで、やむなく原告は他の業者に依頼して同月一六日、再度原告の自宅解体工事に着手すると、被告らの一部を含む反対運動参加者約一五名が押し寄せ、「工事をやめろ」と叫び、内一人は建物の中まで土足で入って工事中止を叫んだ。そこで原告が警察に連絡し、その旨伝えたところ、やっと被告らは、「今後も身を挺してでも断固阻止する。」と叫んで引き上げた。

更に、被告らは同月一六日ころ、「住民の生活を乱すな」「コソコソするな、堂々とやれ」等の立看板を原告方周辺に設置した。

(六)(1)  そこで、原告は、同月二〇日、被告らを債務者として、横浜地方裁判所に対し、建築工事妨害禁止仮処分を申請したところ(同庁平成元年ヨ第一五七号)、被告らも同日原告らを債務者として、同庁に対し、建築工事着工禁止の仮処分を申請し(同庁同年ヨ第一六四号)、原告申請事件は、同年三月一三日の第二回審尋で、被告らが本件四階建ビル工事を実力をもって妨害をせず、原告は右申請を取り下げる旨の和解が成立して終了し、被告申請事件は、同月二三日の審尋(第三回)で被告らの要望に基づき原、被告間で話し合いが続けられた。

(2)  ところで、被告らは、原告が建築を依頼した大成建設株式会社に対して、工事時間その他の工事の実施についての工事協定の協議の中で、これとは無関係な本件四階建ビルの高さ、構造、用途、意匠、完成後の店舗へのテナントの選択及び営業時間等についてまで要求して圧力をかけ、結局、大成建設との間の工事協定に応ぜず、同月末ころ大成建設に右工事から撤退することを決意させた。

そのため、原告としては、本件四階建ビル建築を請負ってくれる業者がいなくなったため、右ビルの建築が不可能となった。そこで、原告はやむなく右ビルの建築を断念し、二階建の建物を建築することを決意し、同年四月一一日、右申請事件の審尋(第四回)で被告らに対しその旨伝えるとともに、同年七月二〇日の審尋(第五回)で、原告は、被告らとの間で、四階建以上の建物を建築せず二階建建物を建築すること、被告らは看板を撤去し、前記仮処分申請を取り下げる旨の和解が成立した。

(七) 原告は、まもなく、二階建のビルの建築に取り掛かり、被告らの反対もなく工事が進行し、同年三月これが完成し、同年四月には、一階に五店舗、二階に三店舗(一店舗分は空家)が入居して営業を開始し、現在に至っている。

4 被告らの右反対運動は、被告ら自身に本件建物による被侵害利益自体がないにも拘らず、建物の構造及び形状、利用形態、意匠上の点にまで及ぶ詳細な事項に対し反対したものであって、その目的ないし内容自体容認されないものであるうえ、その方法も、多数の威力をもって一住民である原告に対し前記のとおり執拗に自己の主張を押し通し、かつ、虚偽の事実を流布したり原告の名誉信用を毀損したりする方法を用いて行われたものであって、社会生活上容認される方法ということはできず、全体として原告に対する不法行為を構成するものであり、被告らは原告に対し、右違法行為により原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

5 原告の被った損害は次のとおりである。

(一) 逸失利益

被告らの反対運動がなかったならば、四階建の本件ビルは平成元年三月末日までに完成し、同年四月から各店舗部分を賃貸し、一ヶ月当たり金一五四万二〇〇〇円、六ヶ月分、合計金九二五万二〇〇〇円の賃料収入が得られたはずである。

(二) 設計費用

原告は、設計業者との間で本件ビルの設計費用として金一五〇〇万円を支払う旨合意し、内金三〇〇万円を支払ったが、本件ビルの建築断念により、右金一五〇〇万円は無駄となり、同額の損害を被った。

(三) 原告は、被告らの反対運動により、多大なる精神的苦痛を被り、これを慰藉するには金三〇〇万円が相当である。

6 よって、原告は被告らに対し、不法行為に基づき、それぞれ、損害金二七二五万二〇〇〇円及びこれに対する不法行為の後である平成元年一一月二日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2(一) 同2(一)の事実のうち、原告が、昭和六三年ころ、自宅の建て替えを計画し、当初五階建の建物新築を計画し、後にこれを四階建に変更し、同年一〇月七日、茅ヶ崎市から、四階建の新築建物の建築確認を取り、また、同年八月、茅ヶ崎市との間で、右建物新築につき、開発事業の施行に関する協定を締結したことは認め、その余は争う。

(二) 同(二)の事実のうち、被告らが原告の建物建築に反対する運動を行ったこと、原告が四階建の建物の建築を断念し、二階建の建物を新築したことは認め、その余の事実は否認する。

3(一)(1)  同3(一)(1) の事実は認める。

(2)  同(2) の事実のうち、被告らが、原告に対し、説明日に要望書を提出し、本件五階建ビルの建築に反対する旨の意思を表示するとともに、もっと広い形での説明会の開催を求めたこと、被告らが、昭和六三年四月下旬ころ、付近の住民から反対署名約三〇〇〇名を集め、これを添付して茅ヶ崎市長宛の本件五階建ビル建築計画に反対する旨の陳情書を茅ヶ崎市役所に提出したことは認め、その余の事実は否認する。

被告らは、本件五階建ビルが建築されると、現在の静かな住居環境が、騒音、風紀の乱れ等により破壊されるおそれがあるため、現在の住居環境維持のため、近隣の住民の意向を結集して茅ヶ崎市の行政指導に善処を求めるべく、茅ヶ崎市長宛の本件五階建ビル建築に反対する旨の陳情書に賛同署名を集めたものである。右署名は、右陳情書に同様の内容が記載された原告宛の要望書を添付して賛同署名を求めたものにすぎず、一週間という短期間にも拘らず約三〇〇〇名もの署名を得ることができ、右反対運動は近隣住民の大多数の意向と合致していたものである。

(二)(1)  同(二)(1) の事実は認める。

(2)  同(2) の事実のうち、毎回反対派住民数十人が参加したこと、原告が、同年六月一八日の第五回説明会(原告側は松夫、原告の長男、長女、設計会社の担当者等、被告側は三一名が出席)で、建物の高さを削り、四階建、高さ一五メートルに変更することを説明したことは認め、その余は否認する。

茅ヶ崎市開発事業指導要綱によれば、一〇メートルを超える建物建築をする場合は、事業計画の概要を示した看板の設置及び近隣住民に対する説明会を開催しなければならない旨規定されている。被告らは、右説明会において、本件五階建ビルが近隣の住居環境を破壊し、近隣住民に被害を及ぼすおそれがあることを懸念して、種々の要望を出したにすぎず、被告らの行為は何ら法令に触れるものではない。

(三)(1)  同(三)(1) の事実は認める。

(2)  同(2) の事実のうち、被告らが、同年七月末ころ、看板を原告方周辺に設置したこと、原告方周辺にビラを撒いたことは認め、その余の事実は否認する。

被告らは、原告が茅ヶ崎市開発事業指導要綱で義務づけられている本件四階建ビルの建築計画の説明を十分行わないまま、これ以上説明会を開催しない旨の意思を表明したため、説明会開催を促すため立看板を設置し、かつ、茅ヶ崎市に対し、説明会開催の行政指導をするよう求め、茅ヶ崎市もその旨原告らを指導してくれたものである。

したがって、立看板の設置は、被告らの言論、表現の自由の範囲内の正当な行為である。

(四)(1)  同(四)(1) の事実は認める。

(2)  同(2) の事実のうち、主張の新聞記事が出たこと、市が同年八月二六日事前協定を取り消したことは認め、その余の事実は否認する。

(五)(1)  同(五)(1) の事実は認める。

(2)  同(2) の事実のうち、原告が同年一二月一九日建設業者である大成建設と工事請負契約を締結したこと、平成元年二月一三日反対運動参加者の近隣住民三名が原告依頼の業者に工事をしないよう述べたこと、同月一六日原告依頼の業者が解体工事を始めたこと、これに対し、被告らを含む反対運動参加者の近隣住民約一一名が工事をやめるよう述べたこと、その際一名が敷地内に入ったこと、被告らが主張の看板を設置したことは認め、その余の事実は否認する。

建築協定が未締結であったところ、同月一三日は、被告浅越辰男及び被告岩澤貞夫の各妻ら女性三名が数分間業者に経過を話して工事着手をしないよう要請したにすぎず、同月一六日は、口頭で工事中止を要請したのみで、実力で工事を妨害したことはない。また、解体工事は同月一八日ころ終了している。

(六)(1)  同(六)(1) の事実は認める。

(2)  同(2) の事実のうち、原告が本件四階建ビル建築を断念し、二階建の建物を建築することを決意し、同年四月一一日の審尋(第四回)で被告らに対しその旨伝えるとともに、原告と被告らが、同年七月二〇日の第五回審尋で、原告が四階建以上の建物を建築せず二階建建物を建築すること、被告らは看板を撤去し、仮処分申請を取り下げる旨の和解が成立したことは認め、その余の事実は否認する。

原告の右計画変更は、被告らも予想していなかったことであり、これには被告らは関与しておらず、原告が自由意思で変更したものである。

(七) 同(七)の事実は認める。

被告ら近隣住民は、原告のビルのため、その店に来る客の公道への違法駐車、入居飲食店の臭気、騒音で迷惑している。

4 同4は争う。

原告のビル計画地は、いわゆる鉄砲通りと称される道路に面した場所であるところ、右道路の両側は、中高層建築も散見されるものの主として低層の住宅をもって構成されている地域である。そのような地域に高さ一七メートル(後に一五メートルに変更)の店舗も含む中高層雑居ビルを建設するというのであるから、被告らが静かな住居環境を守るためこれに反対し、原告に再考をするよう住民運動をしたことは、その目的において何ら違法とはならない。また、説明会の席を利用して被告らが種々の要請をしたこと、立看板の設置等はその経緯から見て社会生活上許された正当な行為である。

5 同5は争う。

(反訴)

一  請求原因

1 原告は、被告らに対して、本訴の訴訟を提起した。

2 原告は、本訴において、被告らの行為が不法行為に該当するとして損害賠償の請求をするものであるが、被告らの行った行為がいずれも正当な行為であって、不法行為に該当しないことは明らかであり、原告は、右事実を十分知っているにもかかわらず本訴を提起したものである。したがって、原告の本訴の提起は、被告らに対する不法行為を構成する。

3 被告らは、原告の不法な本訴の提起によりその応訴を余儀なくされ、そのため、弁護士費用、訴訟費用等の負担、裁判所への出頭、打合せの会議への出席等、種々の精神的苦痛を受け、これを慰藉するためには各金二〇万円が相当である。

4 よって、被告らは、原告に対し、それぞれ、不法行為による右損害賠償金二〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成二年四月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2、3は争う。

第三証拠<省略>

理由

第一本訴について

一  当事者

原告が茅ヶ崎市東海岸南二丁目一〇番地に自宅を有してこれに居住していた住民であり、被告らが原告居住地の近隣である茅ヶ崎市東海岸南二丁目、同北二丁目、同市南湖に居住していた住民であったこと、原告と松夫は、夫婦であったが、松夫は平成元年五月二四日死亡したことは当事者間に争いがない。

二  原告らの建物建築計画等

1  原告らの建物建築計画

原告が、昭和六三年ころ、自宅(ただし、松夫所有)の建て替えを計画し、当初は本件五階建ビル、後にこれを変更して本件四階建ビルを建築し、これらには原告ら家族は居住せず、その二階以下を店舗とすることを計画し、後にこれを断念して二階建の店舗を建築したこと、右二階建建物は、平成二年三月完成し、同年四月にはテナントが入居して営業を開始し、現在に至っていることは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に<書証番号略>、原本の存在及び<書証番号略>、同証人の証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 原告と松夫は、昭和六三年春ころ、前記自宅(木造スレート葺二階建居宅、一階五五・七六平方メートル、二階三九・七四平方メートル)を取り壊し、松夫所有のその跡地(茅ヶ崎市東海岸南二丁目九四二三番二、宅地、三九八・四四平方メートル)に、本件五階建ビル(鉄筋コンクリート造地上五階、地下一階、建物面積約二〇九平方メートル、店舗兼共同住宅、延べ面積約七五二平方メートル、高さ一七メートルの建物)を新築し、一、二階を店舗六戸、三階以上を住宅六戸の雑居ビルとし、原告ら家族はこれには居住せず、その店舗にテナントとして夜間営業の飲食店等を入居させることを計画した。

(二) ところが、原告と松夫は、同年六月中旬ころ、右自宅を取り壊した跡地に建築する建物を、本件四階建ビル(鉄筋コンクリート造地上四階、地下一階、店舗兼共同住宅、建物面積約二二一平方メートル、延べ面積約八〇二平方メートル、高さ一四・九三メートルの建物)に計画を変更し、地下一階を店舗及び車庫、地上一、二階を店舗、三階以上を住宅の雑居ビルとし、原告ら家族はこれには居住しないことにした。

(三) さらに、原告と松夫は、平成元年四月上旬ころ、再度右建築計画を変更し、地上二階の店舗建物(一階五店舗、二階三店舗)とし、右店舗にテナントとして夜間営業の飲食店を入居させることにした。

原告は、右再度の計画変更から間もなく、右二階建のビルの建築に取りかかり、同二年三月これが完成し、同年四月にはテナントが入居して営業を開始し、現在に至っている。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  建築規制法令及び周囲の状況

本件四階建ビル建築につき、昭和六三年一〇月七日建築確認がおりたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に<書証番号略>、原本の存在及び<書証番号略>、証人藤野伸江の証言、原告本人尋問の結果、被告浅越辰男本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 原告らの右建物建築予定地は、昭和六三年九月当時、第二種住居専用地域(容積率二〇〇パーセント、建蔽率は角地のため七〇パーセント)、第二種高度地区(高さ一五メートル以下)、準防火地域に指定されていた。したがって、右土地は、中高層住宅地として開発することが適当な区域であると指定されていた地域に存していたものであるところ、本件四階建ビル建築計画は、同年一〇月七日建築確認がおり、建築基準法等の右建築規制法令にすべて適合するものであった。

(二) ところで、右建築計画当時、茅ヶ崎市においては、右建築規制法令とは別に、茅ヶ崎市独自の規制として、茅ヶ崎市開発事業指導要綱を定め、これには次のとおり規定されていた。

(1)  高さが一〇メートルを超える建物、又は三階以上の建物を建築する場合は、事業主は、建築確認申請を行う前に、開発事業事前協議願により茅ヶ崎市長と開発事業事前協議をしなければならない。また、建物の高さが一五メートル以上、又は五階以上であるときは、事前協議の前に、開発事業審査願により開発事業調整委員会の審査を受け、同意を得なければならない。右協議が成立したときは事業主と右市長は協議書を作成する。

(2)  事業主は、一〇メートルを超える中高層建物の建築をする場合には、事前協議願又は審査願を提出する前一四日までに、事業計画の概要を示した看板を設置するとともに近隣住民に対する説明会を開催しなければならない。また、この場合、事業主は協議願等を提出する日までに説明会等の結果を市長に書面で報告しなければならない。

(三) 原告らの右建物建築予定地は、いわゆる鉄砲通りと称される公道に面した場所であり、前記のとおり、中高層住宅地として開発することが適当な区域であるとして、第二種住居専用地域に指定されていたものの、右建築計画当時の状況は、右公道の両側に四階建程度のビルも散見されるものの右土地の周囲は主として低層の住宅をもって構成されていた住宅地域であった。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  原告らの建築計画に対する被告ら近隣住民の対応

1  請求原因3(一)ないし(六)の各(1) の事実、同(七)の事実、被告らが原告に対し昭和六三年四月二三日要望書を提出し、本件五階建ビルの建築に反対する旨の意思表示をするとともに、もっと広い形での説明会の開催を求めたこと、被告らが同月下旬ころ付近の住民から反対署名約三〇〇〇名を集め、これを添付して茅ヶ崎市長宛の本件五階建ビル建築計画に反対する旨の陳情書を茅ヶ崎市役所に提出したこと、第一回から第四回までの説明会に毎回反対派住民数十人が参加したこと、原告が同年六月一八日の第五回説明会(原告側は松夫、原告の長男、長女、設計会社の担当者等、被告側は三一名が出席)で、建物の高さを削り、四階建、高さ一五メートルに変更することを説明したこと、被告らが同年七月末ころ、看板を原告方周辺に設置し、原告方周辺にビラを撒いたこと、原告主張の新聞記事が出たこと、茅ヶ崎市が同年八月二六日事前協定を取り消したこと、原告が同年一二月一九日建設業者である大成建設と工事請負契約を締結したこと、平成元年二月一三日反対運動参加者の近隣住民三名が原告依頼の業者に工事をしないよう述べたこと、同月一六日原告依頼の業者が解体工事を始め、これに対し被告ら反対運動参加者の近隣住民約一一名が工事をやめるよう述べたこと、その際一名が敷地内に入り、被告らがそのころ主張の看板を設置したこと、原告が本件四階建ビル建築を断念し、二階建の建物を建築することを決意し、同年四月一一日の審尋(第四回)で被告らに対しその旨伝えるとともに、原告と被告らが、同年七月二〇日の第五回審尋で、原告が四階建以上の建物を建築せず二階建建物を建築すること、被告らは看板を撤去し、仮処分申請を取り下げる旨の和解が成立したことは当時者間に争いがなく、右争いのない事実に、<書証番号略>、証人藤野伸江の証言、原告本人及び被告浅越辰男各本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件五階建ビル建設計画と被告らの対応

(1)  原告及び松夫は、昭和六三年四月中旬ころ、被告浅越辰男の妻らを介して被告らに本件五階建ビルの建築計画を話し、同月一九日、前掲茅ヶ崎市開発事業指導要綱の定めに従い、松夫名義の「塩沢ビル建築計画のお知らせ」と題する建築計画を表示した看板を設置し、次いで、被告らに対し、同月二三日、原告方で右の説明会を行う旨通知した。

これに対し、被告らは、被告浅越辰男、同山口謙治、同山口宏、同岩澤貞夫、同湯山勇造、同岩澤勇が発起人となって「塩沢ビル建設反対の会」を設立し、原告に対し、右説明日に右会発起人名義で要望書を提出し、本件五階建ビルの建築に反対する旨の意思表示をするとともに、もっと広い形での説明会の開催を求め、更に、同月下旬ころ、本件五階建ビル建築に反対する旨及びこれに対する善処を求めた茅ヶ崎市長宛の陳情書につき、近隣地域で署名運動を行い、約一週間で近隣住民から約三〇〇〇名の賛同署名を集め、これを添付して茅ヶ崎市長宛に右陳情書を提出した。

被告らが、右要望書ないし陳情書に記載した本件五階建ビル建築反対の理由は、現在の静かで良好な環境の低層の住宅街に、雑居ビルである右高層ビルが建築されると、付近一帯の環境が変わって、騒音が発生し、風紀が乱れ、危険が増し、通学する小中学生に悪影響を与え、また、これに追随する者も現れ、もって、付近の住民の生活を脅かし、良好な居住環境を破壊するものであり、現在の良好な居住環境を維持するために反対するというものであった。

(2)  原告及び松夫は、被告らの要望に応じて、多数の参加が可能な茅ヶ崎市の公共施設等で、同年四月三〇日第一回説明会(原告側は原告の長男、設計会社の担当者等、被告側は三二名が出席)、同年五月一四日第二回説明会(東海岸南自治会長木村重雄が司会し、原告側は原告の長男、長女、設計会社の担当者等、被告側は三五名が出席)、同年五月二一日第三回説明会(原告側は原告、原告の長女、設計会社の担当者等、被告側は三九名が出席、ただし、事実上流会)、同年六月五日第四回説明会(原告側は松夫、原告、原告の長男長女、設計会社の担当者等、被告側は二八名が出席)を各開催し、本件ビルが、高さ一七メートル、一、二階が店舗六戸、三階以上が住宅六戸の雑居ビルを予定していること、本件五階建ビルの建築が建築基準法令に違反しないこと等を説明し、被告らは、右建築が現在の居住環境を破壊するものであるとして右建築計画を翻意することを要請するとともに、懸念される建物の構造、電波障害、テナント、駐車場等に対する質問を行った。

(3)  ところで、右建築予定地では、同年八月一日から、建築建物の高度制限が一五メートル以下に変更となったものであるが、原告及び松夫は、同年六月中旬ころ、右規制の変更に対応し、かつ、被告ら近隣住民との早期の解決を考え、計画建物を、四階建、高さ約一五メートルに変更することを決め、同年六月一八日の第五回説明会(原告側は松夫、原告、原告の長男、長女、設計会社の担当者等、被告側は三一名が出席)でその旨説明するとともに、計画の概要については後日明らかにする旨述べ、第六回の説明会を、建物変更図面が出来次第(同年七月九日を予定)行うことを約束した。

(二) 本件四階建ビル建築計画と被告らの対応

(1)  被告らは、第六回説明会に先立って、その要望を書面にまとめ、これを同月三日ころ原告に交付した。被告らの右要望は、建物を三階建以下高さ一〇メートルまでとすること、住居専用ビルとし店舗を設けないこと、構造はひとつのビルとし、中庭、高塀は設けないこと、周囲に巾二メートルの緑地(空地)を設けること、地下を設けないこと、駐車場を十分確保すること等であった。原告及び松夫は、駐車場の確保を検討する以外右要求に応じられない旨書面で回答するとともに、同月二三日ころ被告らに対し本件四階建ビルの計画概要書及び図面を交付し、右要望につき、同年八月上旬ころまで双方間に書面のやりとりがなされたが、互いに従前の主張を繰り返すにとどまった。

原告及び松夫と被告らとの主張は右のとおり全く平行線をたどっていたところ、原告及び松夫は、同年七月二七日ころ、被告らの要望は受け入れられないとして、本件四階建ビルの建築に取り掛かることを決め、関係書類を茅ヶ崎市に提出した。被告らは、原告及び松夫の右意図を知り、同月三一日ころ、原告方周辺に「環境破壊につながる雑居ビル反対 塩沢ビル」「塩沢ビル 駐車場の安全確保」「塩沢さん 説明会での約束を守れ」「塩沢ビル 近隣住民と誠意をもって話し合え」等と記載した看板を設置し、また、「近隣無視の塩沢ビル建築を許すな。住居環境を守ろう。近隣を支援する会」と記載したビラが配られた。

(2)  そうするうちに、原告及び松夫は、本件四階建ビルについての説明会を開かないまま、本件四階建ビル建築につき、同年八月一一日ころ、茅ヶ崎市との間で開発事業の施行に関する協定(松夫名義)を締結し、同月一六日、茅ヶ崎市に対し建築確認の申請(原告名義)を行った。そうしたうえで、原告及び松夫は、同月二〇日第六回説明会(茅ヶ崎市の都市計画課の課長ら、原告側は設計会社の担当者のみ、被告側は約三〇名出席)を開催した。

これに対し、被告らは、茅ヶ崎市に対し、同月二五日、茅ヶ崎市長宛の公開質問状を送付して、本件四階建ビルの説明会がなされていないのに右手続を行ったことにつき異議を述べ、そのことを新聞社に伝えたため、そのころ右のことが各新聞の記事となった。茅ヶ崎市は、これに対し、同月二六日、松夫に対し、前記協定が、計画変更説明会等の報告書が不足していたことを理由にこれを取り消した。

(3)  そこで、原告及び松夫は、更に、同月二七日第七回説明会(茅ヶ崎市の都市計画課の課長ら、原告側は原告の長男、長女、設計会社の担当者、被告側は一六名が出席)を開催し、同月三〇日、再度茅ヶ崎市との間で開発事業の施行に関する協定を締結した。

そして、原告及び松夫は、同年九月一〇日第八回説明会、同年一〇月一五日第九回説明会(原、被告ら双方の代理人弁護士出席)を開催したが、双方の見解は従前どおりで平行線をたどった。また、その間の同月七日には本件四階建ビルの建築確認がおりた。

(三) 建築確認後の対応

(1)  原告と被告らは、同年九月ころ、右交渉につきそれぞれ弁護士を代理人に依頼し、弁護士を交えての話し合いとなっていたところ、被告らは、同年一一月二日、原告に対し、ビルの高さを二、三メートル下げ、かつ、地下を廃止すること、テナントの内容等に関して事前に被告らと合意すること、東西の目隠し塀を廃止すること、東側ベランダに目隠しをすること、屋上塔屋を廃止すること、近隣住民に迷惑料を支払うことの六点を要求し、これにつき、同月一〇日双方が話し合ったが、原告らは目隠を設置すること以外の点については譲歩はできない旨回答し、話し合いは進展しなかった。

(2)  しかるところ、原告は、同年一二月一九日、建設業者である大成建設株式会社(以下「大成建設」という)との間で、請負代金三億一五〇〇万円の約定で、本件四階建ビル建築工事請負契約を締結した。そして、大成建設の関係者が、同月四日、被告ら近隣住民の家を訪れ、解体工事開始の挨拶に回り、また、原告は、そのころ、解体業者に原告方の解体工事を依頼した。

そのため、右業者が、同月一三日、原告方の解体工事の準備等のため、原告方で測量等に着手し、同月一六日右解体工事に着手し、同工事は同月一八日ころ完了した。

これに対し、被告らは、大成建設に対し、工事協定等が締結されるまで工事に着手しないよう要請するとともに、同月一三日の原告方の測量等の際は、これを見掛けた被告浅越辰男、同岩澤貞夫の妻ら女性計三名が、右大成建設の従業員らに対し、話し合い中であるので工事をしないで欲しい旨述べ、同月一六日の解体工事の着手の際は、被告ら近隣住民約一一名がその周辺に集まり、こもごも工事を中止するよう要請し、内一人はすぐに退去したものの、一旦は敷地内に入る等し、原告の長男から警察に連絡した旨告げられたため、それ以上の抗議行動はせずに引き上げた。

更に、被告らは同月一六日ころ、前記の看板に加えて、「コソコソするな、堂々とやれ」「社会常識をもて」「住民の生活を乱すな」「塩沢さん住宅地に事業を持ち込むな」「近隣住民と正々堂々と話し合え 塩沢ビル」等と記載した看板を原告方周辺に設置した。

(3)  そこで、原告は、同月二〇日、被告らを債務者として、横浜地方裁判所に対し、建築工事妨害禁止仮処分を申請したところ(同庁平成元年ヨ第一五七号)、被告らも同日原告を債務者として、建築工事着工禁止の仮処分を申請し(同庁平成元年ヨ第一六四号)、原告申請事件は、同年三月一三日の第二回審尋で、被告らが本件四階建ビル建築工事を実力をもって妨害をせず、原告は右申請を取り下げる旨の和解が成立して終了し、被告申請事件は、同年三月二三日の第三回の審尋で工事協定も含む被告らの要望に基づき原、被告間で話し合いが続けられた。

また、原告は、税金につき買い換え資産の特例適用による節税を意図し、そのためには本件四階建ビルを同年一〇月までに完成させる必要があったところ、結局、右期限までには右ビル建築が不可能となった。そこで、原告はやむなく右ビルの建築を断念し、その代わりに二階建の店舗建物を建築することを決意し、同年三月三〇日ころ大成建設との間に本件四階建ビル建築契約を合意解除し、同年四月一一日の審尋(第四回)で被告らに対しその旨伝えるとともに、同年七月二〇日の第五回審尋で、原告は、被告らとの間で、四階建以上の建物を建築せず二階建建物を建築すること、被告らは看板を撤去し、仮処分申請を取り下げる旨の和解が成立した。

(四) 和解後の経過

(1)  原告は、間もなく、前掲ビル建築予定地に、二階建のビルの建築に取り掛かり、被告らの反対もなく工事が進行し、同年三月これが完成し、その後、一階に五店舗、二階に三店舗が入居して営業を開始し、現在に至っている。

(2)  被告ら近隣住民は、原告のビルのため、その店への来客の公道への違法駐車、ビル内の飲食店の発する臭気、騒音を迷惑と感じているが、特別の紛争には至っていない。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  なお、原告が被告らの違法行為の根拠となるとして主張した事実のうち、右認定に至らなかった点については、次のとおり判断した。

(一) 原告は前掲1(一)(1) の約三〇〇〇名の本件五階建ビル建築反対署名は、右建物に暴力団が入居する旨及び建築基準法上の用途に違反する風俗営業等に使用する旨の虚偽の事実を流布して集めたものであると主張し、確かに、証人三浦光雄の証言によれば、原告方の近隣住民である三浦光雄に近所の主婦が右署名を集めにきた際、右主婦から三浦光雄がそのような話しを聞いたことが認められる。しかしながら、前掲認定事実によれば、被告らの反対運動は、当初から、行政当局である茅ヶ崎市に善処を依頼しつつ、話し合いで解決しようとする姿勢を一貫して取っているものであり、また、<書証番号略>、被告浅越辰男本人尋問の結果によれば、右署名を求めるにつき添付した書面(陳情書と要望書)にも、右原告主張事実の記載がないのはもちろん、これを窺わせるようなことは一切記載されていなかったことが認められ、また、原告は、他にも同様なことを聞いた者がいる旨供述するが、又聞き程度でにわかに信用できず、結局、本件全証拠によるも、三浦光雄以外にそのような事実を聞かされて署名した者がいたことを窺うことができない。そうすると、三浦光雄が聞いたことは、右主婦の根拠のない個人的な憶測を聞いたにすぎないものと推測され、これをもって、被告らがそのような事実を流布して右署名を集めさせたと推認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠がない。

(二) 原告は、前記説明会において、被告らは、毎回反対派住民数十人参加させ、その多数の威力を背景に、原告ないしその関係者を糾弾しつるしあげるような雰囲気を作って、建築反対の主張を執拗に繰り返したと主張し、証人藤野伸江の証言及び原告本人の供述中には右主張に沿う部分があるが、前記認定のとおり、説明会は、あくまで話し合いによる自主的解決を目的として、自治会長が司会をしたり、茅ヶ崎市の担当者が出席したり、原、被告ら代理人弁護士が出席したりして行われており、その進行も被告らの要望、原告らの回答といった形で行われたものであったことに照らすと、右証言ないし供述はにわかに採用することができない。また、仮に、被告らの出席者が多数のため、被告らの要望ないし質問が原告らにとって圧力に感じられることはあったにしても、これをもって、原告らを糾弾しつるしあげるような雰囲気で執拗になされたものと認めることはできないのであって、他にこれを認めるに足りる証拠がない。

(三) 原告は、被告らは、右建築計画の遂行を阻止するため、同年八月二六日の新聞に住民から市長に対し公開質問状を出した旨の新聞記事を掲載させ、マスコミの影響力を背景に茅ヶ崎市に圧力をかけ、同市をして、同月二六日、右事前協定を取り消させたと主張するが、なるほど、前記認定のとおり、被告らが公開質問状を提出し、そのことを新聞社に伝えたことは認められるが、これらの行為が原告に対する違法な行為と見ることはできないのはもちろん、被告らが新聞社をして右新聞記事を掲載させたり、茅ヶ崎市をして事前協定を取り消させたりしたものと推認することもできない。

かえって、前記認定事実によれば、新聞記事の掲載は各新聞社の独自の判断により、事前協定の取消も茅ヶ崎市の独自の判断によりそれぞれなされたことが推認される。

(四) 原告らは、被告らを含む反対運動参加者五、六名が同年二月一三日原告方の解体工事にかかろうとした解体業者に食って掛かったため、右業者はおそれをなして工事から手を引いてしまったと主張するが、右の際の状況は、前記1(三)(2) で認定したとおりであって、これをもって解体工事の妨害をしたとみることはできないのであり、また、他に、右主張を認めるに足りる証拠はない。

また、原告は、同月一六日の解体工事の際、被告らの一人が土足で建物内に入って工事中止を叫んだと主張し、原告本人は右主張に沿う供述をするが、これは<書証番号略>の記載に照らして採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(五) 原告は、被告らが大成建設に対して、工事時間その他の工事の実施についての工事協定の協議の中で、これとは無関係な本件四階建ビルの高さ、構造、用途、意匠のみならず完成後の店舗へのテナントの選択及び営業時間等についてまで要求して圧力をかけ、結局、大成建設との間の工事協定に応ぜず、同年三月末ころ大成建設に右工事から撤退することを決意させたと主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。

かえって、<書証番号略>、被告浅越辰男本人尋問の結果によれば、工事協定についての話し合いは、原告代理人弁護士と被告ら代理人弁護士間で、仮処分の審尋の際等になされていたが、被告らと大成建設との間でそのような話し合いは行われていなかったことが認められる。

四  被告らの行為の違法性の有無

右認定事実に基づき被告らの行為の違法性の有無を検討する。

1  被告らが原告の本件五階建ビルないし本件四階建ビルの建築に反対した理由は、中高層の雑居ビルである右ビルが建築されると、騒音の発生、風紀の乱れ、通学する小中学生に対する悪影響等付近一帯の居住環境を悪化させるおそれがあり、また、これに追随して同様なビルが建築されることにもなると懸念し、右ビルの建築は、良好な居住環境を破壊して付近の住民の生活を脅かすものであると考えたからである。

右建築計画当時、右ビル建築予定地は、いわゆる鉄砲通りと称される公道に面した場所であり、中高層住宅地として開発することが適当な区域であるとして、第二種住居専用地域に指定されていたものであるが、右道路の両側に中高層建築も散見されたものの、右土地の周囲は主として低層の住宅をもって構成された良好な住宅地域であった。また、被告らが短期間に約三〇〇〇名もの右ビル建築反対の署名を集めたことに照らすと、低層住宅による良好な居住環境を維持し、中高層ビルの建築に反対することは当時の右地域の住民の大多数の意向であったと推測される。

そうすると、被告らが、現状の良好な居住環境を維持したいと希望することは、明確な権利といえるものではないにしても、被告らの生活上の利益であったということができる。

他方、原告の本件四階建ビルの建築は、建築法令に適合したもので、敷地所有権の行使としてこれを行うことができるものであり、原告の右権利の効力は被告らの右生活上の利益のそれを遥かに上回り、被告らの右生活上の利益によっては右建築を法的に阻止することはできなかったものである。

しかしながら、法秩序の範囲内で、権利ないし利益の衝突が生じた場合、これを自主的に解決するため話し合いを行うことは、むしろ法秩序から期待されることであるところ、原告に比べて遥かに弱い立場にある被告らが、対等な話し合いの場を作るため、結集して住民運動を行い、もって、右生活上の利益を守るため話し合いによる自主的解決を目指すことは、何ら法秩序に反するものではないというべきである。

したがって、被告らの行為の違法性の有無は、その行為の内容、これにより原告が受けた不利益、右に至る経過等を考慮し、住民運動の右目的から照らして、社会生活上許される限度を超えていたか否かによって決められるべきである。

2  そこで、被告らの行為の違法性の有無につき検討する。

(一) 平成元年二月一六日、原告の解体工事の際の被告らの行動は、原告と被告らとの話し合いがまだ継続中にも拘らず、原告が解体工事に着手したためなされたもので、一人が敷地内に入ったことがあったが、すぐに退去しており、その抗議形態はあくまで口頭による要請であって、実力でこれを阻止しようとしたものではなく、また、抗議行動も長時間に及んだものではなく、解体工事自体は遅延することもなく終了したのであるから、右抗議行動は、話し合いによる解決を目的とし、それに付随して行われたものであり、原告の受けた不利益も大きなものではなかったのであるから、これをもって違法ということはできないというべきである。

(二) 昭和六三年七月三一日の被告らの看板の設置等は、原告と被告らとの主張が全く平行線をたどっていたところ、原告が開催を約束していた本件四階建ビルの説明会を開催しないまま本件四階建ビルの建築に取り掛かることを決め、関係書類を茅ヶ崎市に提出したため、話し合いに応ずるよう要請する趣旨で行われたもので、その内容も前記のとおり原告の名誉信用を著しく毀損するような内容ではなかったのである。したがって、これが原告に対する圧力になったことは否定できないにしても、これが違法であるということはできない。

次に、同年二月一六日ころ被告らの設置した看板には、その内容は右と異なり、原告を侮辱するような記載も含まれていたものである。しかしながら、右看板は、原告及び被告ら双方が弁護士を代理人に選任し、右各代理人弁護士を介して交渉がなされ、まだ話し合いの結論が出ていない段階で、原告が工事を強行しようとしたため、話し合いの継続を要請する趣旨でなされたものである。そうすると、右看板の記載は決して穏当なものではなかったものの、その前後の経過等も考慮すると、これをもって違法であるということはできない。

(三) また、右以外の被告らの署名運動、陳情、説明会での言動、仮処分申請等の行動は、その前後の経過から見て、すべて、話し合いによる解決を目的として、その目的の範囲内で行われたことであって、これによる原告の不利益を考慮しても、これらが違法であるということはできない。

(四) また、右の各行為が集合した被告らの住民運動全体を考慮しても、これらは良好な居住環境を維持したいとする生活上の利益を維持するため、話し合いによる自主的解決を目的として行われていたものであり、その手段方法を見ても、社会生活上許される限度を超えていたと見ることはできない。

(五) そうすると、前記認定事実から、被告らの本件四階建ないし五階建ビル建築反対運動が違法であると認めるに足らず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

五  してみると、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。

第二反訴について

一  原告が被告らに対して本訴の訴訟を提起したことは当事者間に争いがなく、また、原告の本訴請求が理由がないことは前記のとおりである。

二  ところで、訴訟の提起が違法となるのは、提訴者の主張した権利等が事実的、法律的根拠を欠くうえ、提訴者がそのことを知りながら、または、通常人であれば容易に知り得たといえるのに、あえて訴えを提起したなど、訴えの提起が、裁判制度の趣旨、目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる場合であると解すべきである。

そうすると、前記認定の原告と被告ら間の紛争の経過の事実から、原告の本訴提起が、裁判制度の趣旨、目的に照らして著しく相当性を欠くものと推認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠がない。

三  したがって、被告らの反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。

第三結論

以上によれば、本訴請求及び反訴請求のいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永吉盛雄 裁判官 宇田川基 裁判官 浦野真美子は、産休につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 永吉盛雄)

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